Photos by Mirai no Hyakusho

未来の百姓(Ways We Work)は、エコシステムと食文化に関する知識を統合し、田舎と都会の生活に橋をかけ、新しいライフスタイルを提案することを目指すポッドキャストです。毎回お迎えするゲストの「私(わたし)」的な視点から、オルタナティブなライフスタイルを紹介しています。都市と田舎が有機的につながることができる、自然環境とより密に繋がる可能性を秘めたライフスタイルを提案していきたい。 そんな想いから、このポッドキャストは生まれました。昨今のめまぐるしく変化する社会・経済情勢の中であっても、経済的・社会的・環境的にも持続可能なくらしとして、農的ライフスタイルは実現できることを、このポッドキャストを通じて共有していきたいと思っています。

ポッドキャストは以下とApple, Spotify and Anchor.fmでもおたのしみできます。

EPISODE 4(前編):「人々を繋げる技術」with 村山邦彦

*Please note all translated quotes are paraphrased.

三重県の山奥に位置する伊賀市で、村山邦彦さんは伊賀ベジタブルファームという有機栽培農家を経営している。有機農業を始めた彼は、日本の有機野菜の流通の仕組みが、全く整備されていない現状を知る。通常、生産者から市場に卸された野菜たちは、そこからスーパーマケットなどに並べられるという仕組みだが、有機農業の場合、この既存のシステムにのらない。いわゆるガラパゴス的な仕組みであった有機農業の流通システムと、既存のシステムの橋渡しをるために、現在の事業を始めたという。生産者と消費者、お互いが気持ちの良いシステムの開発を進めている。

“世の中が大きく変化していく中で、その先にある新しい形に取り組みたかった”

元々、産機メーカーでエンジニアとして、燃料電池発電システムの開発をしていた村山さんだが、世の中の仕組みの不自然さに気づく。環境問題が問題が注目され始めたことで、新たなエネルギーがどんどん開発され、使うエネルギーが変わったのにも関わらず、人々の生活が変わらないことへ違和感を覚えたのだ。変化の先にある何かに携わりたいという思いが、農業を始める大きな動機の一つとなった。

“生きているリズムを大事にしたい。頭と身体が繋がっている状態で生きていきたい”

同時に、会社という枠の中で生きていることへの、疲れも感じ始めていた。忙しい日々の中で、頭と体がつながっていない状態に息苦しさを覚え、会社を辞めた。その後、物理の教師として働き始めるが、当時の同僚が有機農業研究会に入会。半自給自足の生活を始めた。彼の暮らし方に妙に納得させられたことをきっかけに、農業の世界に足を踏み入れた。

農業セミナーを受けるために初めて訪れた伊賀は、異空間のようだったという。京都から向かう車窓から見える景色に、「一体いくつの山を超えるのか?」と少しの不安と、期待感を抱えていた。農業文化をどっぷりと見せられ、今までと全く価値観の違う世界は、村上さんにとってはファンタジーといっても過言ではなかった。

“農業は夢物語ではない。本気でぶつかる、技術的にかっこいいものという思考に切り替えた”

プロとして農業で生計を立てるのは厳しく、村山さんもその壁にぶつかった者のうちの一人であった。そんな中、農業初心者の村上さんを救ったのが、師匠との出会いだった。代々続く農家を継いだ彼の農業は、基本がしっかりとしていて、非常に技術的にロジカルである。理系な背景を持つ村上さんにとって、サイエンス的な彼の方法は受け入れやすいものであった。師匠から、合理的なシステムと農業に対するぶつかり方を学んだことで、思考が切り替わり、大きな転換期を迎えることとなった。

"雇われサラリーマン的な生産を脱して、横で繋がり助け合うシステムを妄想しだす"

既存システムの場合、契約先会社とのやり取りのみで完結してしまい、いわゆる”雇われサラリーマ”のような働き方になっていた。脱サラして農家になったのだから、受動的ではない生産者でありたいと思ったことをきっかけに、自発的なシステムに再構築することとなる。同じ地域で有機農業を行う人のネットワークを活用したシステム作りを始めた。

“お互いを覗き合いあえれば、協力できる。その基本となるインフラ作りが必要だった”

余裕のあるベテラン農家から、技術や実用的な情報を流してもらい、生産の段階から農家同士の関係を作る。そうすることで、同じ時期に同じ野菜を出荷するといった、不必要な競争を削ぎ落とすことができるのだ。閉鎖的になっていた農家同士を、オープンでフラットな関係にすることで、効率的な生産と利益が同時に生み出されるシステムとなった。また、生産者としても、日々ぶつかる課題を克服するために、技術を学び続ける必要があり、生産者同士の密なコミュニケーションや情報共有は、お互いのバリアを取り除くためだけではない、実用的なメリットもある、まさに一石二鳥なシステムなのだ。

“当事者なのかサポーターなのかでは、全然意味が変わってくる。心を許した相手は強い”  

心を許せる関係を作るため、1年ほどはビジネスには直接関係のないカジュアルな会話を続けた。売り買いといった利益が関わると、どうしても競争心が入ってしまう。一度心を落ち着けるこのステップは非常に重要なのだ。  村山さんがこのシステムの中で重要視しているのが、全員が当事者であるということだ。例えば、村の地元の人と移住者とではどうしても感覚にズレが生じてしまうのと同じように、システムの中の人間が実際に生産者であるのかサポーターであるのかでは、結果が変わってくる。村山さんは、「本音で話せる関係作り」を構築するため、自らが生産者であることで初めて、橋渡しをする役目を果たせると信じている。

“腹をきめてシステムを作るために、ものを動かし続けていった”

事業着手当初は、地域の生産者の作物を集めて売るという、いわゆる卸売りをしようとしていたが、小さな単位を扱うことの難しさに直面した。八百屋が要求する期日や個数と、生産者が出荷できるタイミング合わせや、物流の手配も田舎であればあるほど往復に時間がかかり、効率化を図るのが難しいのだ。見つかり続ける課題を、根本的に解消するために、本格的な仕組み作りをすることにした。 伊賀だけでなく、京都で同じように有機的な生産をしている人々や、方向性の似た取り組みをしている人も巻き込むこんだ。伊賀は産地であったことから、生産者側から始まったが、京都の場合は八百屋からムーブメントが始まった。消費者側から始まっていた仕組み作りに、村上さんがすでに着手していた伊賀式のシステムを介入することで、全体の流通がスムーズに進む仕組み作りを成功させたのだ。

“自分のためだけにものを作り、売る先には、明るい未来はないという感覚がある”

会社を辞め農家に転身した時点で、今のように全体を変えたいというビジョンがあった。自分も健全で、なおかつ全体が上手く回るように模索するような意思がある環境が大切だと、村山さんは考える。自分だけの利益を考えた方法では、明るい未来はないという感覚を、もがきながらも説明しようとした結果のシステムなのだ。

かつて取り組んでいたエネルギーや環境問題、現在取り組んでいる有機農業のコミュニティなど、自分の経験を振り返りながら、現状をより良くするための解決策をどうやって生み出すかという大局的な視点で考えています。

"自分で、自分のために、物を作って売るだけでは、明るい未来はなかった。"

未来の百姓 プロジェクトスタッフ

別所あかね(ホスト)
アナ・グランキャ・イェンセン
レンカ・ブリンゾバ
王雨童
稲熊ちひろ
ジャック・リクテン

音楽

浮遊奏[FUYUSO]
Gaku Yonekura/piano
Norimasa Sakanoshita/guitar
Bobby Adriel Moses/violin

提供

福永真弓研究室